
イベント概要
| イベント | 西蓮寺 仏教講座(第37回) |
| テ ー マ | 『唯識の読み方–凡夫が凡夫に呼びかける唯識』 |
| 日 時 | 2026年05月09日(土)9:00 〜 11:00 |
| 場 所 | 西蓮寺 |
イベント内容
月に1度開催している西蓮寺の仏教講座です。
「諸行無常」や「諸法無我」。知っているようで知らない仏教思想の基本を学んでいきます。
ここでは「信じる」というより「理解する」というアプローチで、仏教の世界観を垣間見ようと思います。
毎回復習をしながら進めるので、今回からのご参加でも問題ありません。
清々しい空気が流れる朝のお寺。そんな場所から1日をはじめてみませんか?
レポート
扱った内容:唯識無境、八識説、種子、薫習
今回は『唯識の読み方–凡夫が凡夫に呼びかける唯識』の1章、2章の内容を扱いました。本書の冒頭で、著者は「唯識は、入り口としてわかりやすいと思っている」と言います。それは信じることよりも理解することをまず手はじめとして教えてくれるから。現代のわれわれは、納得できないものを無条件に信じるということが得意ではありません。「なぜ?」とその理由を問い、納得できるか否かを重要視するからです。次いで、「唯識はありがたくないところから出発する」という唯識の碩学の言葉を紹介します。唯識は仏さまや浄土といった形而上の領域から話を始めるのではなく、現実の自分のこころ(認識)からスタートします。その意味で、唯識は私にとって分かりやすい思想でした。
今回は、「八識説」の中でも、とりわけ阿頼耶識に関して時間を割きました。阿頼耶識とは「人間がどのように成立しているか」。そして「無我であるはずのわれわれ存在がどのように持続しているか」という問いに対する、唯識学派なりの回答です。私たちの日常生活で意識され得ない領域の問題ですので把捉することが難しいテーマですが、全体のビジョンだけでも噛み砕いてお伝えできればと苦心しました。