書評『葬儀!』

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評者:私道かぴ

『葬儀!』
著者:ジュリエット カズ
翻訳:吉田 良子
出版社:柏書房

内容

13か国、死への旅!
人類学と考古学の知見とともに、
「死」の独立研究者がご案内。

“世界には、社会集団の数と同じだけ葬儀の形があります。ですから、そのすべてについて語ることなどとてもできません。そこで、あらゆる時代と場所を通じて、死者に対する生者の行為が非常に特殊だと思える例を選びました。多くの資料や科学的研究に基づいたうえで、私自身が旅や調査で集めた証言も取り入れています。現地の人々とのやりとりは、死に対する私の見方を大きく変化させると同時に、いろいろな国に住む多くの人々と知り合う喜びも与えてくれました。死を研究していると、いつも「生」のただなかに導かれていきます。そしてそれこそが、この本でお伝えしたいことなのです。”(出版社ホームページより)

書評

長野県の郊外を車で走っている時のことだった。ある家の玄関のドアに、墨で何かの文字が書かれた紙が貼りつけてあるのが目に入った。ぱっと車窓から見えただけで、一瞬のことだったので文字は読み取れなかったのだが、何か珍しいものを見た気がして、長野県出身の知人に聞いてみた。

「忌中札(きちゅうふだ)じゃない?」

その人ははっきりと答えた。耳にしたことのない名前に驚く。聞けば、身内で誰かが亡くなった際に、家の前や玄関に貼っておく札のことなのだという。死を「穢れ」と考えていた時代から、不幸があった家が人と会うことを避ける目的で一定期間貼られているのだそうだ。古い習慣で今日ではあまり見られなくなったが、今でも残っているところにはきちんとあるという。どうしてなくなっちゃったんだろうね、と疑問をそのまま口にした私に、その人は言った。

「核家族化になったり、地域の結びつきがなくなったり、原因は色々あると思うけど。まあ、『この家で人が亡くなりました』ってわざわざ報告するっていうのも、プライバシーの観点からもどうかと思うしねえ」

その言葉になるほどなあと納得しつつも、こうして「死」にまつわる情報がどんどん隠されていく現状を思い、複雑な気持ちになった。家の忌中札を貼るのは、もちろん穢れを知らせる意味もあったのだろうが、それ以外にも様々な情報を伝えるツールになっていたのではないか。例えば、「忌引きが明けたらご挨拶をしに行こう」とか「ご家族がなくなったのだから、今後は周りが気にかけてあげなければ」というような考えを広める役割も担っていたのではないか。

『葬儀!』の本を手に取ったのはそんな時だった。本著は、「死」について世界各国を回りながら研究しているフランス出身の著者が、色々な国の葬儀儀礼について書き記したものだ。何の気なしに読み始めた本の中で、様々な事例が紹介されていた。死者の頭蓋骨を手元に置き、崇拝するボリビアの「ナティタス」。マダガスカルの「ファマディハナ」では、遺骨を墓から掘り出して新しい衣に着せ替える。チベット行われている、ハゲタカに遺体を食べさせる天葬。

日本ではあまり見られない風習も多い。それは作者の出身地フランスでも同様で、本著は「変わった風習がある」という語り口でこれらを紹介している。しかし、読み終わった後に特に心に残ったのは、その国々の風習の違いというよりむしろ、共通している部分だった。

先のマダガスカルの「ファマディハナ」は、沖縄にある洗骨と似ている。双方に共通するのは、死者の身体の手入れをしながら、故人に思いを馳せる時間を持つということだ。これは死者にとってよりも、生きている者にとっての意味が深い。遺体の手入れを通して、先祖への敬意を育むことに加え、今世話をしている自分たちもいつかそのような道をたどるのだという「共同体としての意識」の強化にもつながっているのだ。

また、普段当たり前に行われている風習の中にも共通の部分を見出すことができる。例えば、花を供えるという行為は、こんなふうに紹介されている。

「現在のイスラエル北部のラケフェット洞窟の遺跡は、11,700年前~13,700年前に栄えたナトゥーフ文化に属しています。定住化しつつあった狩猟採集民が住んでいたとされますが、ここで発見された骸骨から、埋葬の際に遺体の下に摘みたての花が敷きつめられていたことがわかりました」。

この行為には遺体の腐敗臭などを消すという役割も考えられているが、私たちの現代の考え方に置き換えても何か通じるところがありそうだ。

死者に花をたむけるとき、私たちの心に作用している思いがあるとしたら。それはもしかすると、遺体を土から掘り起こして手入れすることや、家の前に忌中札を貼ることとどこかでつながっているのではないか。

環境や時代が異なっていても死者を思う気持ちに共通部分がある。そんなことを感じさせる一連の読書体験だった。

参照:版元サイト


私道かぴ / Kapi Shido
作家・演出家・アーティスト
京都を拠点に活動する団体「安住の地」所属。身体性を強く意識した演出と、各地に実際に滞在し聞いた話を基に作品をつくる。近年はお祭りや養蚕、流域や団地など土地とのつながりの深いテーマで制作している。
身体感覚をモチーフにした戯曲『いきてるみ』で第19回OMS戯曲賞佳作を受賞。脚本・演出を担当した短編演劇『アーツ』が第16回せんがわ演劇コンクールにてオーディエンス賞を受賞。