書評『円空を旅する』

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評者:私道かぴ

円空を旅する
著者:井上雄彦
出版社:美術出版社

円空っていいよね

「円空仏が好きなんだ」「円空っていいよね」

仏像の話をする時、昔からよくこういった言葉を聞く。その度に、円空という人や、その人が作った仏像に興味が湧いた。彫った仏像に自分の名前が付いているなんて、それを後世になっても多くの人が親しみを込めて呼ぶなんて、一体どんな人なのだろう。

そんな疑問をやわらかく導いてくれるのが、『円空を旅する』という本だった。本著は、江戸時代の修行僧でもあり、彫刻家として日本各地に仏像を残した円空の足跡を、『SLAM DUNK』や『バガボンド』で有名な漫画家の井上雄彦が旅する内容になっている。円空にまつわる本を何冊か読んだ中でも、この一冊がとてもしっくりきた。その理由は大きく分けて2つある。

1つ目は、日本各地で円空仏がどのように大切にされてきたのかが感じられる部分だ。本書の中では北海道から青森、岐阜、愛知や滋賀、三重にまで足を延ばしながらそれぞれの土地の円空の旅路を追っていく。その道中はただ仏像を見て終わりというわけではなく、現在どのような所に安置されているのか、管理をしているお寺の住職や、お参りに来ている人など、仏像を取り巻く環境や人々とも対話する。そのこと自体が、円空仏が過去のものではなく、現在も人々に大切にされているという事実を伝えてくれるのだ。
特に十一面観音立像が安置されている青森の弁天堂のエピソードが印象深い。この像はもともと近所の神社に祀られていたが、明治の神仏分離の際に像が焼かれてしまうことを心配した人々が自分の蔵に持ち帰り、長い間そのままになっていた。現在になって発見されこちらに奉納されたという。その存在は人々の信仰の対象であったので、博物館に収蔵する案には反対意見が寄せられたそうだ。今でも近所の方が交代で掃除をするなど、広く親しみと信仰を集めているという。こんなに長い間大切にされてきたこと、その親しみが現代まで続いていることに驚きを覚えた。この仏像と、それを掘った円空という人の存在がこの地域にとってどれだけの支えになっていたのかと思いを馳せずにはいられなかった。

そして、この本の特徴は何といっても作家の視点で円空仏を追体験できる点だ。ところどころに井上氏のスケッチが入っている。スケッチをするということは、まじまじと円空仏を観察するということである。じっと見ることによって、円空がその像をどのような状況で、どのような気持ちで彫ったのかを作家独自の視点で想像していく流れがとてもおもしろい。飛騨国分寺では「漫画と近いですよね。無駄なところを省いて図像化しているし、線にスピード感がある。たぶん、そうとう素早く制作したんじゃないかな」とコメントしている。彫る線やスピードへの着眼点が漫画を描く視点とリンクしていて興味深い。また、「円空さんは漫画家のご先祖様にも思えます。漫画は高尚なものではなく、大衆のもの。円空さんはその土地の人たちに向けて仏像を彫り、その円空仏は、今も生活の中で役割を果たしている。自分の描いている漫画がこう存在することができたらと思うあり方を、円空仏は実現していました」とも述べている。

一見難しく、生活には関係のないところにある仏像という存在を、現代の漫画になぞらえることで「身近な庶民の心の支え」という共通項を見出す。この本の中には、博物館で仏像を見ることにも慣れてしまった現代の人々が、もう一度仏像を身近に感じるためのヒントがつまっている。

参照:版元サイト


私道かぴ / Kapi Shido
作家・演出家・アーティスト
京都を拠点に活動する団体「安住の地」所属。身体性を強く意識した演出と、各地に実際に滞在し聞いた話を基に作品をつくる。近年はお祭りや養蚕、流域や団地など土地とのつながりの深いテーマで制作している。
身体感覚をモチーフにした戯曲『いきてるみ』で第19回OMS戯曲賞佳作を受賞。脚本・演出を担当した短編演劇『アーツ』が第16回せんがわ演劇コンクールにてオーディエンス賞を受賞。